ジェフ・ゴールドスミス日記

ファッションとグルメ以外のこと。

システムス・フェイリング

『ゴーヤの船に鶏ササミチーズ乗せグリル焼き』

<材料>

  • 鶏ササミ 100g
  • ゴーヤ 1本
  • スライスチーズ 1枚
  • マヨネーズ 小さじ1杯
  • カラシ少々
  • 料理酒 小さじ一杯
  • 塩 少々
  • コショウ 少々
  • 醤油 少々
  • 七味唐辛子 少々
<作り方>

私はもう10分以上、男に向かって一方的に話し続けていた。レンガの積み上げられた壁を背に、薄暗いオレンジがかった照明に照らされた男は、退屈する様子もなく、ソーセージをつまみに黒ビールを飲みながら、私の話しを黙って聴いていた。完全に沈黙しているわけではなく、話の区切り区切りで「うん」「それから?」「そうか」と相槌を打った。とりたてて変ったことは言っていないのだが、そのタイミングが絶妙で、私はついつい喋り続けてしまった。

人々の話し声やジョッキ、グラスをかたむ合う音、スピーカーから流れるソニー・ロリンズのサックスとトミー・フラナガンのピアノが店全体に充満し、それが天井からぶら下がっている古めかしい扇風機で攪拌されているようだった。ゆっくりと回っている大きな扇風機は雰囲気作りのためにあるだけの代物だったが、大きな鍋の中でグツグツと煮込まれている私たちそれぞれの立場、境遇をずっとかき混ぜていた。

「そしたらさあ、機体のどこかに弾が当たったんだよ。すぐにどこかは分らなかったんだけど、自分自身は無傷だからコックピット直撃じゃない。すぐに爆発もしていないからエンジン、燃料系でもなさそうだ。当たったのはミサイルや炸裂弾じゃないなと0.05秒ぐらいで考えたんだよ。音速で飛んでいると頭の回転も早くなるんだな」

唇が乾いたので、コップの氷水をひとくち飲む。結露した水滴が指についた。濡れた指を紙ナプキンに擦りつける。

「その0.03秒くらい後に、警告灯がビカビカと点滅して、ビーコンビーコンって警告音が鳴り出したんだけど、じゃあどこが問題でどうすればいいのかなんて分らないんだよね。だって、こっちはグルグルとキリモミ状態で落下してるんだから。もう頭に血が上っちゃって」

私の頼んだピザとコーヒー、男には次のビールが運ばれてきた。隣のテーブルにいた中年の夫婦は席を立ち、会計へと向かった。ウエイターが手際よく食器を片付ける。皿やジョッキ、グラスがカチカチと音を立てて重ねられ、並べられ、さっと持っていかれる。

「で、俺はどうすればいいんだ?何をすればいいんだっけ?さっきはいいところまで0.05秒で考えられたのに、今度はどうも頭が空回りしてるみないなんだよ。回転は速いんだけど、それが空回りしてんの」

男はジョッキのビールを1/3ほど一気に飲んだ。私の背後にあるテーブルに若い男4人組のグループが座り、喋りだしたので、声のボリュームを上げて私は続けた。

「ええと、そうだよ、脱出だよ。脱出しなくちゃ。でも、こうグルグルと回っていたらシートを射出できない。そんでなんとか機体を立て直そうと思ったんだけど、操縦桿がまったく効かないの。どれか動翼が吹き飛んだのかって」

冷めてはいけないと思い、ピザを一片頬張る。皿の上にある分との間でチーズが糸を引き、それをこぼすまいと私は首を前に突き出す。

「そうこうしてるうちに、高度が3,000、2,500、2,000…って下がっていくじゃない。うわー母ちゃんもう俺ダメだよ。産んでくれてありがとうでももうだめだよって。そんでもう地面まで。じゃなかった海だったな。海面まであと200ってなったら、機体がフワっと軽くなって、なんか羽毛みたいに軽くなって、機体は水平飛行に移ったんだよ。飛んでるっていうか、なんか浮いてるみたいに。ほんとなら失速するくらいのスピードで。先までの、すべてが早送りだったような感じとは逆に、何もかもがスローモーションみたいで」

私は話の逆地点を前に、コーヒーを一口飲んだ。

「なんかフワフワ浮いてるみたいに飛んで、なんだこれは?って。頭上には雲があって、それが晴れてきて、なんか雲の間から後光が射すみたいに太陽の光が降り注いで。なんだか凄く気持ちよくなっちゃってさあ。で、気付いたら女の人の歌声が聴こえてくるじゃない。あれ?何だっけこの曲?そうだ、『宇宙戦艦ヤマト』のスキャットが、あの曲が鳴ってるんだよ。もうよくわかんないけど、とっても幻想的な光景がったなあ」

「それであんたはここへ来たってわけか」

ジョッキのビールを飲み干した男が口を開いた。そして女の声色を真似てつぶやいた。

「そこがあなたのトレーダー分岐点だったのね。もう大丈夫よ鉄郎…」

「それは『銀河鉄道999』だろ…」

できあがりました。