大原 利雄 / 命からがら―誰も行けない温泉
「週末には温泉でゆっくり」とゆう方にお奨め。
なわけないだろ。
いい景色を眺めながらゆったりと湯に浸かれるばかりが温泉ではない。
地図に温泉マークが付いている場所はすべて温泉だ。
険しい道のりにある危険や野生動物との遭遇に注意しながら、ときにはガスの発生に備えてガスマスクをしながら温泉に入る。場所によっては死と隣りあわせだ。
地図上は温泉だが、尻しか浸かれない浅さだったり火山湖だったりと、一筋縄ではいかない物件ばかり。
落石や転落に遭ったり、熊に襲われたり火山ガスを吸ってしまうのは当然怖いが、濁っていて底の見えない温泉に浸かり、足の裏にヌルっと泥の感触を感じるとゆうのも想像しただけでイヤだな。
とゆうことで、温泉女子(とゆう言葉はあるのか?)の皆さんは、この本に紹介されている秘湯にぜひ行ってもらいたい。
まあ誰もいかないと思うけど。
では私はどうかとゆうと、もちろんこの本に載っている温泉にはひとつも入ったことがない。当たり前だ。
常人が入れる温泉で行ったことのある温泉、その中で一番印象に残っているのは・・・伊豆諸島のひとつ、式根島にある“地鉈温泉”だろうか。
海へと続く谷底へと降りてゆくと現れる温泉で、源泉から流れてくる熱湯と海から流れてくる冷水とのバランスで適温のスペースを見つけて入るワイルドな温泉だ。汐の干満で入れる場所が変わってくる。
源泉近くは卵が茹でられるほどの熱湯なので人間が浸かることはできない。そこから少し海の方へ寄るといい湯加減の場所が現れるが、あまり進むと冷たい波がザブザブと入ってきて「ここって温泉じゃなくて単に海水浴じゃね?」となってしまう。
温泉に浸かるために谷底へと下っていくのと、帰りにそこをまた登って戻るのが大変といえば大変だが、ここはれっきとした観光地、皆が入れる温泉なので、本のように“誰も行けない温泉”ではない。
しかし、我々一向は何を思ったか、夜になってから向かったのであった。しかもひとしきり酒を浴びた後に。
月明かりのみを頼りに、誰もいなくなった谷を降りてゆくのははっきり言って怖かった。
しかも、切り立つ岩盤のあちこちには「昭和十年八月二十三日 国村林兵衛門」みたいな歴史を感じる落書きがたくさん彫ってあるし・・・なにより月明かりの中うねる波は不気味だ。
そして、グループのうち一人は完全に泥酔していた。柵もないので泉近くの湯溜りに落ちたら大火傷だ。
とゆうか死ぬかも。
そんなこんなでヒヤヒヤものだったが、我々は無茶をしつつもなんとか大事故にならず民宿まで帰ることが出来た。そして、泥酔していた者はとうとう眠くなってしまい、硫黄と海水まみれの身体をシャワーで洗い流すのも忘れ、海パンを履き替えることもせずそのまま布団に入り、寝てしまった。
翌朝、程よい塩梅で人体の塩漬けが出来上がっていた。
人間て、いいなと思った。
その次の渡航から、地鉈温泉には昼間のうちに行くことにした・・・
命からがら―誰も行けない温泉 (小学館文庫)
(2002/11) 大原 利雄 |