入院中、3日も過ぎると体調も良くなって食欲も出てくる。しかしそれはまだまだ表面上のことなので、1週間目まではおかゆがメインの身体、胃腸に優しい食事だった。
必要な栄養は摂れるが、一日中寝ていて動かないとはいえ如何せん腹が減る。食後一時間も経つと次の食事のことで頭がいっぱいになった。
かかってしまった病気が病気なもんで、間食するわけにもいかないのだが、別の病気で入院している隣のベッドにいたヤツは、薬の投与以外かなり自由が利くらしく時折、ポリポリ、パリパリ、グビグビとカーテン越しに聞こえてきて・・・てめぇコノヤロウ、とずっと思っていた。
当初、自分がいったい何日間入院するのかもまったく見当つかないまま、家を出るときに未読の文庫本が3冊あったのでバッグに入れた。
そのうちの1冊がこちら。
椎名エッセイの中でも、『ビッグコミック スピリッツ』の連載をまとめた食に関する本だ。
この人は、気取ってイケスカナイ高級グルメは痛快に攻撃し、庶民的な料理、手ごろな食材をたいへん魅力的に描写してくれるのでありますね。(と、椎名誠調になる)
『あやしい探検隊』シリーズでも、天幕生活で食べる野性的な料理がとても美味しそうで読者の想像力をかきたてるのである。
特に、醤油やソース関係は本から香りが沸き立ってくるようだ。
下宿時代に体験した、ソースにびちゃびちゃを浸したコロッケを白めしの中に埋葬する『正調びちゃびちゃコロッケライス』、深夜、午前3時にバターと醤油で味付けしてオーブンにかける『焼きおにぎり』、地層が重なってゆくように、ご飯、海苔、醤油散布・・・またご飯、海苔、醤油散布・・・と作られてゆく『正調三段式海苔弁当』あたりの項は最高だ。たまらない。
普段、食に対する執着は薄い方であるし、その中でも『海苔弁当』なんて小学校か中学校か、記憶の彼方にあるものだったが、この本を読んでいたら食べたくてたまらなくなってしまった。
そんなことを考えつつ、病院食を運んでくるワゴンの車輪がゴロゴロと転がる音が廊下に響くのを待ちながらベッドの上で悶える毎日でありました。